半田・江藤法律事務所からみなさまへ
2026.9.2 
コラム
事業承継信託という選択肢 ―「株」でもめないための備え

「子どもに会社を任せたいが、まだ未熟な部分もあるのでもう少し自分が見ていたい」「長男に継がせたいが、他の子に不公平な思いはさせたくない」。親族への事業承継のご相談では、必ずといってよいほどこの二つの悩みが出てきます。遺言や生前贈与だけでは解きにくいこれらの悩みに、近ごろ使われるようになってきたのが「事業承継信託」です。九州の地方銀行でも取扱いが始まるなど、身近な選択肢になりつつあります。仕組みと使いどころ、そして弁護士として必ずお伝えしている注意点を、できるだけ平易にご説明します。

1 何も準備しないと、株はどうなるか

多くの中小企業では、社長が自社株のほとんど、あるいはすべてを持っていることが珍しくありません。その社長に相続が起きると株式は相続財産となり、遺産分割の話し合いがまとまるまで相続人全員の共有状態になります。

この状態がやっかいです。共有のままでは相続人の間で「誰が議決権を行使するか」を決めて会社に伝えなければ株主総会で一票も投じられません。話し合いがこじれれば役員を選ぶことも、決算を承認することもできなくなります。取引先や金融機関の信用にも関わります。

また、遺産分割協議の結果株式が分散すると、相続人間の関係が悪くなった場合その後の会社の意思決定に致命的な支障を生じさせます。これを防ぐために誰か一人が相続する場合、他の相続人から金銭での清算を要求されると、そのための原資の捻出が課題になります。

遺言を書いておけば相続によるトラブルの大部分は避けられます。しかし、遺言では「生きている間は自分が経営し、亡くなったら渡す」という段階を踏んだ承継まではできませんし、遺留分をめぐる争いの火種も残ります。後述する議決権と受益権を分割して承継することもできません。

2 事業承継信託とは何か

信託とは、財産を信頼できる相手に預け、あらかじめ決めたルールどおりに管理してもらう仕組みです。財産をいれる箱(信託契約)を作って、管理者(受託者)に中身の管理を指示するというイメージです。事業承継信託では、自社株をこの「箱」に入れます。

大切なのは、株式が持つ二つの性質を分けて扱えるという点です。一つは会社を動かす力(議決権)、もう一つは配当などを受け取る経済的な価値(受益権)です。株そのものを渡してしまうとこの二つは必ずセットで動きますが、信託を使えば、「株は後継者に譲るが、議決権は自分が持っておく」、「経営は後継者に、利益は子どもたちに平等に」といった対応ができます。

3 よく使われる二つの型

一つ目は、遺言代用型です。生前は経営者ご自身が受益者となり議決権や受益権を行使しますが、亡くなったときにはあらかじめ指定しておいた後継者が受益権を引き継ぎます。株式は信託の箱に入っていますから遺産分割の対象にならず、経営の空白が生じません。

二つ目は、生前贈与型です。財産としての権利を先に後継者へ渡したうえで、議決権の指図権は現経営者が持ち続けます。「株は譲ったが、当面の経営は自分が」という、時間をかけた承継に向いています。

4 こんな悩みに効きます

後継者に経営を任せたいが、他の子にも公平に財産を残したい。この場合は、議決権の指図権を後継者に集め、受益権は子どもたちに均等に配ります。会社の意思決定は一本化しながら、財産は公平に分けられます。

後継者に任せるけれども、独断専行は防ぎたい。この場合は、指図権を子どもたちの頭数の多数決で行使すると決めておきます。後継者以外の子が歯止めをかけられる形です。

株を社外に散らしたくない。この場合は、株式を一つの箱に集約したうえで、受益権を渡す相手を限定する合意をしておきます。

自分の判断能力が落ちたときが心配。この場合も、指図権者を決めておけば、経営者ご本人の状態にかかわらず議決権を行使できます。株主総会が止まりません。

5 見落としてはいけない四つの注意点

第一に、信託にしても遺留分の問題は消えません。形だけの受益権を与え、実際には利益が行かない仕組みにしたために、遺留分の制度を逃れるためのものとして無効と判断された裁判例があります。受益権が財産としての中身を伴っていることが大切です。

第二に、税制との関係です。自社株の贈与・相続にかかる税を猶予する事業承継税制は、信託の受益権には使えません。つまり、信託を選ぶとこの納税猶予は受けられません。どちらを選ぶかは、税理士を交えて必ず比較してください。

第三に、「長すぎる」「やめられない」信託は危険です。信託の期間や、受託者を解任できるかどうかをめぐって争いになった裁判例があります。何十年も先まで家族を縛る設計や、全員が望んでも終われない設計は、設計段階でいろいろな可能性を考えておかないと予期しない不具合が発生し後々トラブルになる可能性を残します。

第四に、受託者を誰にするかです。ご家族の一人が受託者になると、自分の利益と受益者の利益がぶつかりやすくなります。この場合、弁護士などの専門家を受託者監督人として設定するなどの工夫が必要です。

6 なぜ、弁護士が設計に関わるべきなのか

信託は、いったん作ると後から直しにくい仕組みです。前の項で挙げた問題は、いずれも信託契約書の書き方から生じるもので、動き出してから手当てすることはできません。設計段階でどれだけ先を読めるかが、そのまま信託の出来を決めます。

第一に、弁護士は将来の紛争を想定して条項を書きます。ご家族の争いは、「あのとき父はこう言った」「話が違う」という形で起こります。裁判で争われた信託の多くは、条項が足りなかったか、書き方が大まかすぎたものでした。たとえば信託の目的を「一族の繁栄のため」とだけ書くのか、「当社の企業価値を高め、その利益を受益者に及ぼすため」と具体的に書くのかで、受託者の裁量の当否についての判断は変わってきます。

第二に、信託は単独では完結しません。実際の承継では、定款の譲渡制限や種類株式、株主間の契約、遺言、遺留分の民法特例、役員人事、個人保証の引継ぎといった手当てを組み合わせます。信託はあくまで選択肢の一つで、使わないほうがよい場面もあります。全体を見て、使うかどうかから判断する必要があります。

第三に、金融機関の信託商品は形があらかじめ決まっています。使いやすい反面、後継者以外のお子さんに牽制の役割を持たせる、受益権を渡す相手を限定するといった個別の設計までは難しいことがあります。ご自身の事情に合うかの見極めが必要です。

第四に、進め方そのものです。誰の依頼を受けて設計するのか、ご家族にどこまで説明しておくのかを整理しないまま進めると、後から「聞いていない」という不満が残ります。税制の有利不利は税理士が、権利関係の設計と紛争の予防は弁護士が担う。この両輪で進めるのが安全です。

7 進め方

まず、株主名簿と定款を確認し、誰がどれだけ株を持っているか、相続人が誰になるかを整理します。次に、「経営を誰に任せるか」と「財産を誰に渡すか」を切り分けて考えます。そのうえで、税理士とともに税制との比較を行い、契約の形を決めていきます。

事業承継は、早く着手するほど選べる手段が多くなります。お元気なうちであれば、生前贈与型で時間をかけて移すこともできますが、余裕がなければ選択肢は限られます。

まとめ

事業承継信託は、「経営の実権」と「財産の価値」を分けて配れる仕組みです。株式の分散と経営の空白を防ぎ、ご家族の公平にも配慮できます。一方で、遺留分と税制という二つの壁があり、設計を誤れば、後から無効を主張されたり、税制上不利になったりします。

会社の事情はそれぞれ異なります。当事務所では、株主構成の整理から契約書の作成まで事業承継信託全般のご相談をお受けしています。まずは現状を整理するところから、お気軽にお声がけください。

(半田)