本年11月29日に佐賀市(ガーデンテラス佐賀 ホテル&リゾート)で九州弁護士会連合会定期大会が開催されますが、大会に併せて同日の午前9時30分より実施される記念シンポジウム「信じて託す老後の安心〜弁護士が関わる民事信託、任意後見、財産管理契約」の準備で先月より民事信託についての文献の精査と基調報告書の執筆を行っております。
我が国は65歳以上の高齢者の割合が23%を超え、「超高齢社会」といわれる状態になっています。これまでは高齢者の支援は家族任せになっていましたが、「おひとりさまの老後」問題が取り沙汰されるように、今後は社会全体で高齢者の意思決定の支援を行っていく必要が出てきているといえます。
そのような中で、可能な限り高齢者の意思を尊重した支援を行う方策として、元気なうちに財産管理・承継のスキームを定められる民事信託(家族信託)と、身上監護を主な目的とした任意後見、そして生前の遺志を可能な限り実現するための死後事務委任といった各種制度に注目が集まっています。
半田はこれまでも事業承継や財産管理場面での民事信託の可能性に着目し研究を重ねてきましたが、本シンポジウムにおいて基調報告書という形で研究成果を披露できることとなりました。民事信託は可能性のある制度ですが万能ではなく、任意後見や遺言、死後事務委任、また事業承継の場面では会社法の諸制度など、他の制度と併用・比較してはじめて有効活用できるものであり、シンポジウムでもその視点から各制度の活用方法について報告をする予定です。
民事信託や任意後見はまだ新しい制度であり、一般にはまだまだ浸透していないと思われます。また、利用者である一般市民のみならず、サービスを提供する側である専門職や金融機関においても、まだ十分に活用できているとはいえません。本シンポジウムを一つの機会として、民事信託や任意後見の可能性が広く浸透するきっかけになればと考えております。
なお、シンポジウムは一般参加も可能です。詳細は近日中に佐賀県弁護士会のホームページに掲載される予定ですので、こちらもご覧頂けますと幸いです。
https://www.sagaben.or.jp/information/4941
最近、「民事信託」や「家族信託」という言葉を聞く機会が増えました。
元々信託は信託銀行により商事分野で活用されている制度でしたが、近時は高齢化社会の到来を背景に、高齢者の財産管理や遺産承継を目的として、個人でも活用が進んでいます。このような財産管理・遺産承継に用いられる信託を「民事信託」や「家族信託」と呼んでいます(以下は一般的な呼称である「民事信託」を用いることとします)。
民事信託は、委託者(信託すべき財産の権利者)が家族などの受託者に財産(信託財産)を渡してその管理を委ね、信託財産から得られる利益を自己または第三者(受益者)が受け取るというのが基本構造となります。とはいえ、この説明ではよく分かりませんよね。そこで具体的な例を元に考えてみましょう。
例として父親が貸家を所有し家賃収入で生計を立てている場合を挙げます。父親が元気であれば貸家の修繕も、賃借人が退去した後に別の賃借人に貸すこともできます。しかし、父親が認知症になった場合、父親が当事者として修繕契約や賃貸借契約をすることができなくなります。これまでは事実上家族が父親名義で契約をしている、というケースもあったと思いますが、何かトラブルになった場合には対応が出来ません。また、父親の財産管理のために成年後見人が就いた場合も同様です。そこで、このような場合、父親を委託者兼受益者とし、実際に不動産を管理している家族(子どもが多いでしょう)が受託者となって、民事信託契約をすることになります。こうすれば、子どもが自らの名義で貸家の修繕や新たな入居者との契約をすることができますし、父親は受益者として家賃収入を得ることができます。また、父親が無くなった場合に備えて第二次受益者を定めることもできます。二次受益者を母親にしておけば、父親が亡くなった後も母親が家賃収入で生計を立てることが出来るようになります。さらに、信託では所有権も受託者に引き継がれる(別の信託終了時の権利帰属者を定めることもできます)ので、当該貸家を相続させたい子どもを受託者とすることで、信託を遺言書の代用とすることもできます。
民事信託を活用するメリットとしては、成年後見(法定後見)よりも柔軟な財産管理が可能になること、遺産分割の方法を詳細に設定することができること、数次相続や相続人不存在の場合にも対応できること、委託者の意思を尊重した運用が可能になることがあります。他方で、民事信託のメリットを十分に活かすためには信託契約の内容が重要になりますし、課税関係や登記関係も複雑になるため、弁護士・司法書士・税理士が連携して検討をする必要があります。
では、どのような場合に民事信託が有効なのでしょうか。典型的な場合は前述した収益物件があるケースですが、それ以外にも会社の事業承継に民事信託を活用する場合や、親が亡くなった後に障害がある子どもが自宅に住めるようにし、施設に入った場合には家を第三者に貸して賃料で子どもの生活を賄うことを目的とした信託(親亡き後の信託)など、活用の幅はかなりあると考えられています。
他方、財産は預金が中心で管理や運用が必要ない場合には必ずしも民事信託は必要ありません。このような場合の財産管理の方法として、判断能力が衰えた場合に信頼できる親族や専門家を任意後見人にする契約(任意後見契約)を結び、任意後見が発効するまでの財産管理も併せて依頼する(財産管理契約)方法もあります。任意後見では誰を後見人にするかを自由に決められますし、契約により本人の意思や後見人の権限(例えばどの施設に入りたいかや、施設に入った後自宅をどうするかなど)を詳細に決めることもできますので、より本人の意思に沿った後見事務がなされるという特徴があります。ただし、任意後見人は財産運用はできません。また、死後事務もできませんので、葬儀や遺品の処理などは別途死後事務委任契約を締結する必要があります。
任意後見と民事信託は併用が可能ですので、例えば運用すべき財産のみを民事信託の対象とし、身上監護を中心とした任意後見契約を結ぶことも珍しくありません。ただし、いずれも意思がはっきりして元気なうちに契約をする必要があります。また契約内容の検討の時間や、契約にあたって公正証書を作成する必要もありますので、任意後見や民事信託を利用したいと考える場合、一定の準備時間が必要となることにも注意が必要です。
民事信託や任意後見といった財産管理の新しい制度は、今後高齢化社会の到来に伴い活用の幅が広がると考えられます。また、これらの制度は財産がある富裕層のための制度というわけではなく、自らの意思を将来の財産管理に反映させるという点で、全ての人に活用の機会がある制度だと考えます。ただし、いずれも高い専門性を要求される分野ですので、利用を検討する場合にはまず民事信託や任意後見を取り扱っている弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。弊所では半田が民事信託・任意後見について専門的に研究をしておりますので、お気軽にご相談ください。